中島平太郎氏の胸像が久留米市に建立されました

中島平太郎氏が逝去されてほぼ丸2年となります.

先日同氏の功績を称えて福岡県久留米市中央公園の共学の杜に銅像が建立されました。

 

中島平太郎氏の銅像建立にいたった経緯(除幕式ご挨拶文引用)

 

特定非営利活動法人 久留米からくり振興会は、

久留米市天神町120番地,社会医療法人天神会 新古賀病院内に事務局を構えております。

振興会は久留米市が生んだ偉大な技術者を顕彰し、また子供たちにこの技術者の業績を伝えることにより、

創造性に富む子供を育てることを目的にしております。

中島平太郎氏は、2017 年 12 月 9 日に亡くなられましたが、今回中島平太郎氏の業績を称えるとともに、

末長く記憶に留めさせていただくため、 久留米市にて記念銅像を建立いたしました。

中島平太郎氏は、久留米市で生をうけられ、明善高等学校を卒業後、東京工業大学を経て、

九州大学大学院へ進まれました。その後NHKに入社され、

久留米市の石橋文化ホールの音響設計にも携わられました。

50歳の時にはNHKからソニー株式会社に移られ、

CD (コンパクトディスク)の開発担当責任者としてCDを世の中に送り出し、

「CDの父」と呼ばれています。江戸時代の田中久重を生んだ土地である久留米の、

物を生むという気質が中島平太郎氏にも受け継がれていたものと考えられます。

 

令和元年 1 1 月 6 日

特定非営利活動法人 久留米からくり振興会

理事長 古賀 伸彦

 

 

除幕式は久留米市中央公園にて執り行われ、

中島平太郎氏ご長男でNHラボ㈱代表中島晃が遺族代表として出席しました。