The56 その1 レビュー

​今後のこん

 

日時: 2022年4月22日(金) 13:30~15:30

参加者 10名 

話題:① 「親爺さんの背中を追って」 

JASジャーナル Vol.56, No.1 (2016) 1月号 pp.69~72から 「音楽を聴け」

「君は音楽を聴かないで、音ばかり聴いている。ちょっとした小理屈ばかり言ってはよいスピーカは生まれない。音じゃなくて音楽を聴かなあん」(井深大氏)

言わず語らずの一致点は、最終的にスピーカの良否の決め手になるのは電気音響学の変換理論や動作解析に常用される「正弦波信号」に頼るのではなく、聴く音楽の「楽音波」を用いて人の聴覚で判断すべきであるという点であった。

楽音波と正弦波の違いは表1に示す通り。多くは定量的に解明できる正弦波に依存して充分に事足りるし、これに楽音波をとり込んでゆけばピークレベルやコイルの発熱などのほか、スピーカ特有の抵抗ひずみやドップラひずみ、立ち上がり時間などについても解決の糸口までは到達できるであろう。しかし、変動波の性格から考えると多分に定性的な領域にとどまるであろう。(中島平太郎氏)

<キーワード>・音楽を聴く、と音を聴く

Cさん

音楽と音を同時に聴いている、と言うのが正解か?

音を聞くのは改良点の原因探しをするため。記憶にある自然な音を基準としながら、音楽の聞こえ方の中で不自然さを探す。

音楽の場合、音楽に集中すると音はどうでもよくなる。逆にスピーカの完成度が低い場合は変な音が気になり音楽に入れない

 

Wさん

機器の音質にこだわると音楽をゆっくり楽しめなくなる。

「音楽聴け」という言葉は、音楽をもっと楽しむように聞きなさい、という意味では。

周りに生の音楽がある環境で育った方ほとんどないと思う。自分は家の電蓄でレコードの音楽を聴き、それに感激した。それからずっと音楽に親しんできた。音楽を楽しむことと音という関わり合いには壁があるのでは。

 

Kさん

音を聴くことと音楽を聴くことは二面性がある。オーディオ機器の最終的な目的は音楽を聴くこと。音を聴くことと音楽を聞くことの違いは、(聴く、または分析する)時間が短いか長いかでは。交響曲を1時間超えるものをまるまる聞いたあとにすごく感動が残るという世界と、短時間でパッと音を聞いた時の刺激的な音を楽しむ世界もある。

そんな二面性があるのではないだろうか。

Mさん

色々な音源の中から、音が良いというものと、演奏が好きだというもの両方を天秤にかけて残った(勝った)ものを使う。

音の良さと音楽の良さとを同時に聞いているように感じる。両者は切り離せないのでは。古いSP レコードで音は良いとは言えなくても音楽として非常に感動するものもある。

全体的には音と音楽の良さはやはり切り離せない。瞬間的には(音と音楽のどちらを評価するかを)脳が切り替えてはいると思う。ただし、同時進行しているような部分もある。

<キーワード>・スピーカの測定(音圧特性、ひずみ特性ほか)から何が得られるか?

Cさん

ピンクノイズは全体域のバランスをチェックするのに使う。ピュアートーンはF特性や共振を探すときに使う。

 

Mさん

ピンクノイズを時々使う。切り替えた時、ピンクノイズではない音が聞こえる時があり、装置のどこかに特異な周波数特性を持っていると考え原因を調べるきっかけになる。

<キーワード>・評価で使える楽音波はどの様なものか?

Cさん

評価音源には音楽を使う。分かりやすい音源は、生録の音、自然の音、良く知っている音、人の声。

要素に分けて分析するが、全体として統合された感覚で捉え、バランス、不自然な響き、共鳴音、癖の強い音色を聞き出す

多分聴覚の分解能も、視覚における8Kと同様の精度が有ると思う。視覚は情報量が多く、その情報と変化分に敏感。聴覚の情報量は少ないが、情緒的な流れを時間とともに感じている。

<キーワード>・視覚の影響

Cさん

映画の音を評価する場合、画があると音が分からなくなる。一方目を閉じると音が変わってしまう。目と音の感覚が連動しているようだ。

Mさん

目を閉じて音を聞くと音が変る。全体にフィルターがかかり、鮮度が落ちる感じがする。

映像のある音楽ソフトなど聞くと、映像に集中してしまう。

目から音が直接入るのか?眼球が振動板になるのか? 聴覚で音を判断することと別の要素もあるのか?ヘッドホンで(目の開閉と音の関係を)確認したところ、あまり音の変化がない。直接目から(音の情報が)くることもあるのかなと推測する。これは今後の研究課題。何か文献あるかもしれない。骨伝導による音の認知も言われているが、目から伝導する要素や皮膚伝導もあるのではないか?

<キーワード>・ナマの音、生録の音

Iさん

音の場合、生の音に近づけるということは、音楽と切り離して考えるという必要もないではないか。

例えばスタックスのヘッドホンは非常に生の音に近いのではと感じていた。そのことが自動車メーカーのエンジンの評価に使われたり、いろいろなことに使われるというのは、スタックスのヘッドホンが自然の音の再現力が高いということではないだろうか。スピーカの音質いうものと、それを生に近づけるということとをどうやって実現させるのか、

 

Mさん

生の音、楽器の音をどう録るかは、プロデューサーやエンジニアも含めて録音する側の人によってかなり判断が違ってくると思う。「生の音」はどこで評価するのか?どの音を生とするか?いつも考えさせられる。コンサートホールでは客席の位置によって聞こえる音が相当変わる。

「生の音はなにか」という問いへの答えは難しい。

目的とする人たちによって作品の音が変わる。どちらを選ぶかは最終的なリスナー(我々)が選ぶことになる。 

再生には色々な CD 音源を使うが、その音源を録音したその状態での音は聞いたことはない。しかし音源の比較に使わざるを得ない。それは仕方がないことであり、「生の音だろうな」と思っている。

 

Cさん

オーディオテクニカで蝋管の音をそのものと、一度アンプを通して再生したものを比較しながら聞いたことがある。アンプを通すとノイズは少ないしハイファイな音だが、蝋管そのものの音の方が生に近い、すごく実在感のある音と感じた。アンプを通すと、何か失われるものがあると感じた。スピーカ開発では、この違いの分かる感性を大切にしている。

音源として自分で生の音を録音したものは使っていないが、既製のソフトを音源として使う場合でも、音が自然に近いか近くないかという判断はできている。

<その他のコメント、情報>

Cさん

スピーカの3要素は 音質、音色、バランス 

    音質:クオリティは独立していて、実現のために一番コストが掛かる。お金に比例する

    音色:特徴でもあり癖でもある。ユニット、装置に固有の物

   バランス:ハーモニーを成り立たせるためにバランス良く仕上げる。 最後まで追い込んでいく。安いものでも

この点は諦めずに頑張るようにしている。

AMさん(The56後メールにて)

 

再生音に関して

 

「音楽の聴き方」は、音楽に精通している方とそうでない方の聴き方には大きな差があると思います。また、「音としての聴き方」にもその様な違いがあると思います。

 

「スピーカシステムの再生音」に関しては、いかにリニアリティーを再現するか?が重要であり、その物理的な解釈と解決策が要求されると思います。特に昨今の解釈では、トランジェントが音色にも関係する、として注目されています。

 

我々が関わるライブの場でも出来るだけ生音に近い拡声が目標ですが、コンテンツの良さを表現する音場を構築し、観客を舞台に誘うことが最重要事項です。

 

映像とのコラボでは、画面に即した音像音質、例えばダイアログの遠近明瞭度、BGM、テーマ曲の広がりや、サラウンド感などを通して空間構築を模索することを心がけています。

 

ハイレゾ再生に関しては、既に中島平太郎氏のコメントにもあるように、20KHz以上の超高域を加えた再生により、「可聴域の中音域」に変化がある事を確認しています。 

 

一方20Hz以下の超低域を再生音に加えると、音場がより落ち着いた印象となり、可聴域の音量をある程度下げても明瞭度が保てることを確認しました。

 

今後課題となるのはトランスジューサのトランジェントと考えています。スピーカ然り、マイクロフォン然りです。特に低域再生スピーカのスピードアップを切望しています。 

 

業務用スピーカシステムは、近年アレイ技術が進展しました。特に小型ユニットのアレイ化により、トランジェント特性向上、再生帯域改善、音圧の上昇、音波伝搬距離の延長等が可能となりました。又ビームステアリング(注1)と呼ばれる技術も発展し、指向性制御や多重信号制御も可能となり、視覚とシンクロした音像定位設定などにより明瞭度及び認識アップ等に繋がっています。

 

録音に関しては、”M様”のご意見の様に、録音制作側がコンテンツの何を捉えたいか? 何を表現したいか? によって収音方法を探索していると思います。

 

生音は発せられる環境、聞き取る状況によって聴こえ方が多様です。

 

(注1)参考:ヒビノ㈱のホームページ

話題② 「音との付合い70年 その6 ベンチャー時代」  

JASジャーナル Vo.57,No.6 (2017) 11月号 p.40から  「難聴」 

 

もう一つ。難聴対策として補聴器の厄介になることとした。ソニーで補聴器の商売をしていた20年前の機械と比べ音の質も挿着感も抜群に良くなっている。聴いているドラマのセリフも、来客の対話もその効果は改善された。これで脳も元通りに働いてくれることになった。しかし、人工的な機械の限界も気になった。体内音(ものを噛む音、自分がしゃべる音など)や周囲雑音(食器の音、周囲の雑音など)は補聴のため中高音を増幅させた分だけ加算して耳に入ってくる。それらの音が出ている間は補聴どころの効果は全く感じられないという限界がある。

 

その特質を考え、耳がね、を考えてみている。聞き取り易くするとき耳に手をかざして聞くと良い場合がある。機械に頼らないで図のような大きなおおいを作って実験してみた。素人の思つき、装着感に難点はあるが改良すれば便利に使えるようになるかも。しかし限度はある。補聴器との併用が落しどころか。いずれにしても脳をサボらせない工夫をしないと認知症になりかねない。

<キーワード>・補聴器

Cさん

〇難聴を補うために補聴器を使うことは必要と思うが、外部ノイズが増えることを解決する必要がある。

〇EQのみの補正だけでは不自然。

〇部屋で録音をすると、実耳で感じていたよりも、色々な音が録ているのに驚く。  

〇ひとは音を立体的に聞いており、その音を目の前の(ステレオ)スピーカからすべて出すのは不自然(無理)。基本的に部屋の音も立体的に録って、立体的に出す必要が有る。補聴器も同じで、立体的に録って、立体的に聞かさなければいけない。そのために、ステレオにする(片耳の場合でも立体に聞こえるようにする)

耳たぶ補正が出るように録る。

耳道補正をその人に合わせ正確に行う。

耳の入り口を塞がないようにする。

 心拍、呼吸音等が少なくなる。

など考えられる。

<キーワード>・耳がね

Mさん

〇ヘッドホンで個人の頭部伝達関数に合わせて特性をコントロールするものがある 

補聴器もさらに発展させ、個人の特性に合せ立体的なところも補正する必要があると思うが、 周波数特性の補正で済むような単純なものではないと思う。

手を耳に当てて聴こえ方を補う瞬間的(一時的?)なものであり、それで聞こえにくい状況を(抜本的に)解決することにはならない。補聴器とうまく組み合わせ、AI技術も使うことが必要になるのでは。

<キーワード>・脳をサボらせない

Cさん

〇中島さんが75歳ごろ、ハイレゾ関連の実験で超高域有り無しの音源の差を聞いてもらったことがある。

その時、超高域の有り無し感じとられ、「低域の動きが良く分かるようになった」とコメントされた。

高齢の聴力を考えると、75歳で判断できた理由はなにか、興味深い。

〇ひとは音の聴こえの特性が悪くなっても、その状態で必要な情報を得るように自ら補正しているのではないのだろうか?

〇脳をサボらせないために、五感情報は全部必要

 ・頭を使い続ける

 ・悠々自適で本当に健康に過ごせるのだろうか?むしろ鍛えないといけないのでは?

<ほか、皆様の感想やご意見>

Oさん

〇最近は人工内耳が進化し、難聴の人もBTとスマホを併用し、聞こえ方(感じかた)を自分で調整できるようになったと聞いた。将来的には音楽を脳に伝えられるようになり、オーディオシステムも変わってゆくのだろうか?

〇資生堂の研究では人の皮膚でも光や音を感じるとのこと。ハイレゾの超高周波音も皮膚が感じているのでは、との放送大学の先生の研究もある。皮膚の露出度で聞こえ方が違うとのこと。

 

Mさん

〇スーパツイータの役割は本来20KHz以上を補うことにある。しかし、スーパツイータ用ハイパスフィルタのカットオフ特性により、スーパツイータの20KHz以下の音が出ていると、スピーカシステムとしては中域が厚く聞こえる。一方20KHz以下は十分遮断され、音としては20KHz以上のみが出ている場合には、システムの音としては中低域が変化する。(超高域の音は中低域にも影響する)

​以上